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東京地方裁判所 平成6年(ワ)21377号 判決 1996年3月05日

原告

坂口冨夫

被告

腰原眞一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、七五八万四九六五円及びこれに対する平成五年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、タクシーの乗務員である原告が、乗務中、追突事故に遭つて負傷したことから、加害車両の運転者である被告に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実

1  本件交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

事故の日時 平成五年九月四日午前三時三〇分ころ

事故の場所 神奈川県横浜市緑区しろもり台六二番地先国道二四六号線路上(以下「本件道路」という。)

加害者 被告(加害車両を運転)

加害車両 普通乗用自動車(相模五二ゆ八六一九)

被害者 原告(被害車両を運転)

被害車両 営業用普通乗用自動車(品川五五き九五〇三)

事故の態様 被害車両が本件道路を左折しようとしたところ、加害車両が被害車両に追突した。

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  後遺障害等級の事前認定結果(非該当)

原告は、自動車保険料率算定会損害調査事務所により自賠法施行令二条別表後遺障害等級表所定の後遺障害に該当しないとの認定を受けた(乙二〇、弁論の全趣旨)。

4  損害の填補

原告は、自賠責保険から九一万三四七三円の填補を受けた(乙八ないし一〇、二七、三二の1、2、三四ないし三八)。

三  本件の争点

本件の争点は、原告の損害の発生及び額である。

1  原告

原告は、本件事故により頸椎捻挫(右)、外傷性変形性肩関節症(左)、左肘捻挫の傷害を負い、次の損害を被つた。

(一) 治療費 五〇万〇一九一円

原告は、本件事故により次のとおり通院し、治療費一〇七万四〇五五円(さくら調剤薬局の薬品代七万七一六〇円を含む。)を支出したが、労働者災害補償保険から療養補償給付として五七万三八六四円の支給を受けたから、本訴において、右金額を控除した五〇万〇一九一円を請求する。

(1) 黒田病院 一三万三一九〇円

平成五年九月九日から同年一一月九日まで(実日数二一日)

(2) 町田整形外科 八二万四九八〇円

平成五年一一月九日から平成六年四月一五日まで(実日数一一九日)

(3) 東京労災病院 二万七七六〇円

平成六年一月二八日から同年四月七日まで(実日数四日)

(4) 東京大学医学部付属病院 一万〇九六五円

平成六年二月四日から同年三月二九日まで

(二) 通院交通費 五〇四〇円

蒲田駅から東京労災病院、東京大学医学部付属病院までの交通費

(三) 休業損害 一五〇万六六八四円

原告は、本件事故により、平成五年九月二二日から症状固定日の平成六年四月一五日まで二〇六日間休業したものであり、原告の本件事故前年の収入は四一五万七八三三円であつたから、その間の休業損害は、二三四万六五四六円となるべきところ、原告は、労働者災害補償保険から休業補償給付として八三万九八六二円の支給を受けたから、本訴において、右金額を控除した一五〇万六六八四円を請求する。

(四) 逸失利益 三七七万五四六二円

原告は、本件事故により自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一二級に該当する後遺障害を残したものであり、症状固定時から六七歳までの七年間、労働能力の一四パーセントを喪失したから、原告の本件事故前年の収入四一五万七八三三円を基礎とし、ライプニツツ方式により算定。

(五) 慰謝料 二六二万四〇〇〇円

本件事故による原告の慰謝料は、傷害慰謝料として八二万四〇〇〇円、後遺障害慰謝料として一八〇万円が相当である。

2  被告

原告の損害については争う。

本件事故態様、被害車両の損傷状況、黒田病院における原告の治療開始が本件事故から五日後の平成五年九月九日であり、その際、原告には神経学的な異常所見が認められなかつたこと、原告は本件事故後も平成五年九月二二日までタクシー業務に従事していること等からみて、本件は軽微な追突事故にすぎず、本件事故により原告が主張するような後遺障害をもたらすほどの傷害が生じるとは考えにくい。

原告が訴える頸部痛、左肩痛等は、本件事故による受傷以前からの症状と同じであり、かつ、受傷以前から継続して治療が行われていたものであり、これらは原告の加齢現象、経年変化等により引き起こされたものであるから、本件事故との間に相当因果関係は認められない。

3  被告補助参加人

原告が本件事故により受傷したと主張する頸椎捻挫、外傷性変形性肩関節症、左肘捻挫は、いずれも本件事故以前から訴えている私病であつて、原告の交通事故歴(昭和六一年三月五日、昭和六三年三月九日、平成二年一月一四日)、本件事故前後の治療経過等に照らし、本件事故との間の因果関係は認められない。

第三争点に対する判断

一  原告の交通事故歴及び治療経過等

丙六ないし八、原告本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  第一事故(昭和六一年三月五日発生)

(一) 同日神奈川県横浜市内の道路上において、原告がタクシーを運転し、信号待ちのため停止中、四トンのダンプカーに衝突され、頸椎捻挫の傷害を受けた。

(二) 診療録の写し等は現存しないが、原告は、昭和六一年一〇月一四日西元クリニツクを受診し、外傷性頸部症候群の診断名により昭和六二年一月五日までの間(実日数不明)、消炎鎮痛剤投与、湿布、理学療法の治療を受け、同日症状固定となつた。

(三) 原告は、右事故により後遺障害等級一四級一〇号の認定を受け、自賠責保険から傷害分一二〇万円及び後遺障害分七五万円合計一九五万円の支払を受けた。

2  第二事故(昭和六三年三月九日発生)

(一) 同日午前一〇時ころ、神奈川県横浜市神奈川区沢渡二先路上において、原告が同僚の運転する普通貨物自動車の助手席に同乗中、軽四輪貨物自動車から追突され、頸椎損傷の傷害を受けた。

(二) 原告は、事故日の昭和六三年三月九日と同年五月二三日半田病院に通院し、頭重、項頸部痛、肩こりの持続、右上肢鍵反射減弱と睡眠障害を訴え、消炎鎮痛剤内服、局所の湿布を受けた。その一方、原告は頸部捻挫の傷病名により同年五月一八日から同年八月一九日(同日中止)までの間に五八回町田整形外科に通院し、投薬、頸椎牽引等の保存的治療を受けたほか、内山治療院(五回)、クアハウス指圧院(一九回)、越智鍼灸院(四回)にて指圧等を受けた。

(三) 原告は、右事故による後遺障害等級認定は受けなかつたが、自賠責保険及び任意保険金として一七九万四一九七円の支払を受けた。

3  第三事故(平成二年一月一四日発生)

(一) 同日午後一〇時三〇分ころ、東京都港区麻布台一―六先路上において、原告がタクシーを運転し、時速約四五キロメートルで走行中、突然急発進してきた普通乗用自動車が左側面に衝突し、頸部捻挫、左肩挫傷、胸部、腰部挫傷、外傷性肩関節周囲炎の傷害を受けた。

(二) 原告は、事故日の平成二年一月一四日東京慈恵会医科大学付属病院において、頸椎捻挫、右肩甲部、両側、上腕、腰部、両膝部打撲の診断を受け、同年一月一六日町田整形外科に転医し、頸部痛、後頭部痛、頸部から上肢の放散痛、しびれ、腰部痛、両膝関節痛、胸部痛を訴え、同年七月三一日までの間に一六三回通院し、保存的治療を続け、同日症状固定の診断を受けた。

また、原告は、平成二年五月二一日、二二日東邦大学医学部付属大森病院を受診し、舌の先端と口のしびれを訴え、頭部外傷後遺症の診断を受けた後、西元クリニツクに同年八月一日から同年一二月三一日までの間に一〇三回通院し、変形性腰椎症、変形性頸椎症の診断名により理学療法を続け、その後も少なくとも平成四年一月一一日まで治療を継続した。

その間、原告は、平成三年三月七日及び同月二五日再び東邦大学医学部付属大森病院を受診し、頸部痛、右上肢のしびれを訴え、頸部捻挫の診断を受けている。

(三) 町田整形外科の町田英夫医師作成の平成二年九月二一日付け後遺障害診断書には、傷病名として頸部捻挫、左肩挫傷、胸部、腰部挫傷、肩関節周囲炎(外傷性)、自覚症状として頸部痛、後頭部痛、頸部―上肢痛、しびれ、腰部痛、両膝、肩関節痛、胸部痛等、他覚症状及び検査結果欄として頸部運動痛、圧痛、後頭神経圧痛+、頸椎々間圧迫検査、頸椎過伸展圧迫検査+、知覚鈍麻+との記載がある。

東邦大学医学部付属大森病院の岡島行一医師作成の平成三年三月二六日付けの後遺障害診断書には、傷病名として頸部捻挫、自覚症状として頸部痛及び右上肢のしびれ、他覚症状及び検査結果欄として頸部の軽度の可動域障害、右母指橈骨神経知覚領域のしびれ感、神経学的には異常なし、レ線上第六・七頸椎々間の狭小化及び前方骨棘、後縦靱帯骨化を認めるとの記載があるほか、頸椎部の運動障害として、前屈四五度、後屈五度、右屈、左屈、右回旋、左回旋各三〇度の記載がある。

(四) 原告は、右事故により保険金として二〇三万四五六三円の支払を受けた。

その際、原告は、自賠責保険会社を通じ、右事故による後遺症について後遺障害等級一四級一〇号に該当すると主張したが、頸椎捻挫に伴う神経症状については、昭和六一年三月五日の第一事故により生涯にわたり障害の回復が困難であることを前提として一四級の認定がなされており、今回が前回を上回るものではなく、腰部、胸部痛等の神経症状についても神経学的異常所見に乏しいとの理由から、自動車保険料率算定会損害調査事務所により非該当の認定を受け、その旨原告に通知された(平成四年三月一〇日付け、同月二五日付け、同年六月二三日付け、平成六年一二月五日付け)。

二  本件事故の状況、原告の治療経過、原告の傷害の程度等

1  前記争いのない事実に甲三ないし五、六の1、2、八、一〇の2、一四、一五ないし一七、二〇の1、2、二五の1、2、二六、二八、二九、四二の1、乙三、四、六ないし一三、一六、一八、一九、丙一ないし五、原告本人を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故当日は、台風の日で雨であつた。本件道路は、五パーセントの勾配の下り坂である。

原告は、本件事故当時、東京都渋谷区三宿から女性客を乗せて被害車両を運転し、本件道路を進行中、本件事故現場付近において速度を落とし、時速約五キロメートルで左折しようとしたところ、後方から被告の運転する加害車両が時速約四〇キロメートルで進行してきて、被害車両が左折のため、停止しかけたように見えたのを、その後方約六・八メートルの地点で発見し、急制動したが及ばず、加害車両の左前部を被害車両の右後部と衝突させた。本件事故により被害車両は、左回りに回転して停止し、加害車両は、衝突地点から約四・八メートル進行して停止した。

原告は、シートベルトを着用していたが、本件事故の衝撃のため、車内の壁に頭部右側と右肩を打ち、後ろへ引つ張られたようになるとともに、ハンドルを握つていた左腕が引つ張られた状態になり、その後、身体が前に振られる形となつた。

被害車両の乗客は、本件事故当時、後部座席に頭を左に向けて寝ており、けがはなかつた。

原告は、当初被告に対し、けがは大丈夫といい、本件事故を物損事故として神奈川県緑北警察署に届けたため、警察も車両見分だけを実施したが、五日後の平成五年九月九日黒田病院の診断を受けた後、人身事故として再度、警察に届け出た。

(二) 本件事故により被害車両は、右リアバンパー等が凹損したほか、リアエンドパネル、右テールランプ、トランクフード、左クオーターパネル等が損壊し、その修理費として二〇万六八五四円を要した。

加害車両は、左前部バンパー、左前フエンダーが凹損小破した。

2(一)  原告は、本件事故に先立ち、左上腕骨外側上顆炎、頸部痛により、東京労災病院に通院していたところ、平成五年六月二八日黒田病院を健康保険で受診し、その際、黒田医師に対し、昭和六一年及び平成元年(昭和六一年及び平成二年を指すものと考えられる。)に交通事故で頸椎捻挫のため受診し、一時ほとんど治癒したが、項部の痛みは完全にはよくならなかつたと述べ、頸部捻挫後遺症の傷病名により低周波治療と頸椎牽引の治療を開始し(同年七月一六日まで)、同年七月二日には左肘の痛みと重いものを持つと頸部痛があると訴えた。その際、原告は、以前西元クリニツクで治療し、その後、東京労災病院に通院していたと担当医に告げた。

平成五年七月六日東京労災病院から黒田病院に原告の紹介があり、左上腕骨外上顆炎のほか、右肩関節周囲炎を認めており、肩マイクロ、体操等の処方をあわせてお願いするとの連絡があり、黒田病院健康保険診療録の表紙には、同月八日に左肩関節周囲炎との記載がなされている。

黒田病院のリハビリ診療録には、原告が左肘、左腕の痛みを訴えた旨の記載が多いが(平成五年七月八日、同月一三日、同月二〇日、八月九日、同月一〇日、二五日)、その一方、本件事故後の同年九月四日、七日、八日にはリハビリ治療を受けた旨の記載があるだけで、本件事故による受傷を訴えた旨の記載はない。

原告は、黒田病院において、同年九月一日からは主として首の電気治療のリハビリ治療を受けていた。

(二)  原告は、平成五年九月九日黒田病院において、初めて渡辺医師に対し、本件事故による被害の事実を述べ、右頸部痛が同日から増強してきたことを訴えた。渡辺医師の意見によれば、レントゲン所見では、生理的前弯の低下、頸椎第五・第六、第六・第七の狭窄、頸椎第四ないし第六の前下縁と第七前上縁に骨棘があり、頸椎第六・第七に石灰化があつて、バルソニー(項靱帯石灰化症)との記載があるほか、印象として、レントゲン上は年齢的変化を認めるが、はつきりと今回の事故によるものとはいえない、ただし事故後痛みが出たのだから、少なからず影響はありえるだろうとの記載がされている。

原告は、右同日から交通事故と健康保険の診療とを平行して受けることとなつたが、交通事故診療録表紙には頸部捻挫のみが記載された。

原告は、本件事故以後も同年九月二〇日まで勤務を続けていた(二一日は夜勤明け休、二二日は公休)が、本件事故前の三か月間については、連続して一日の収入が最低収入確保とされるボーダーラインを下回つたため、勤務先から予算達成に向かつて努力するよう要望された通知書を交付されていた(なお、原告は、以前にも同様の通知を受けたことがあるが、改善されなかつた。)。

原告は、同年九月二四日以降、左肩と左腕の痛みを訴え、その後、同年一〇月二八日の頸椎MRIでは、後縦靱帯骨化症による頸椎第五・第六レベルでの圧迫による脊柱管狭窄があり、同月二六日撮影のレントゲン上によつても頸椎第五・第六後部に分節型後縦靱帯骨化が認められた。

原告は、黒田病院において、同年九月九日と一〇月二一日スパーリングテストを受け、その結果は九月九日には±であり、一〇月二一日には-であつた。

原告は、黒田病院の通院期間中を通じ、理学療法及び外用薬の処方を受け、同年一一月九日症状固定となつた。

本件事故以前の平成五年七月一三日からと、本件事故後の同年九月七日から原告の治療を担当した森須正孝医師の意見によれば、原告に神経学的な異常は認められず、軽作業より就業は可能な状態にあり、頸椎後縦靱帯骨化症があり、原告の頸部痛の病態を複雑にしており、左肩関節部痛は、左肩関節周囲炎であり、事故との因果関係はないと思われるとの意見である。

(三)  原告は、平成五年一一月九日町田整形外科に転医し、同病院において、頸部運動痛、頸部から上肢の痛み、しびれ、知覚鈍麻、後頭部痛、左肩関節痛等を訴え、頸部捻挫、外傷性変形性肩関節症(左)の傷病名により理学療法等の治療を受け、平成六年四月一五日症状固定となつた。

原告は、乙三一(町田病院カルテ)によれば、同年三月二五日右肩関節痛、運動痛を訴え、同年四月一二日には、四月一五日にて定年、同月一三日には、四月一五日にて症状固定す、との記載がある。

乙一八(町田英夫医師作成の平成六年六月四日付け後遺障害診断書)には、他覚症状及び検査結果欄として頸部運動痛+、スパーリングジヤクソンテスト+、腱反射正常、知覚鈍麻、左肩関節運動痛圧痛+等との記載がある。

(四)  その後、原告は、平成六年一月二八日から同年四月七日までの間に四回東京労災病院に通院し(同日症状固定)、乙一九(東京労災病院の伊地知正光作成の平成六年一〇月一九日付け後遺障害診断書)には、傷病名として頸椎捻挫、変形性頸椎症、左肩関節周囲炎、左上腕骨外側上顆炎、自覚症状として頸部痛、右母、示指しびれ、左肩痛、左肘痛、他覚症状及び検査結果欄として頸部運動痛あり、後屈時著明、右肩―上肢へ放散痛あり、右母、示指しびれ感あり、左肩痛、外転制限あり、疼痛あり、左肘痛、外側上顆部に圧痛あり、左肘関節運動制限なし、腱反射正常範囲との記載があるほか、頸椎部運動障害として前屈五〇度、後屈一〇度、右屈、左屈各四〇度、右回旋、左回旋各七〇度、肩関節機能障害として他動自動ともに前方挙上右一八〇度、左一五〇度、側方挙上右一八〇度、左一〇〇度(自動のみ九〇度)、後方挙上右七〇度、左六〇度、外旋右八〇度、左七〇度、内旋右六〇度、左五〇度であつた。

さらに、平成七年一月三一日(甲六の1)には、傷病名として右肩関節周囲炎、頸神経根障害、右肩拘縮、運動痛ありとして、右肩可動域が屈曲一一〇度、伸展四〇度、外転九〇度、内転三〇度、外旋一五度、内旋六〇度(左肩可動域は正常)とあるとともに頸部痛、放散痛ありとして、頸部可動域が屈曲六〇度、伸展一〇度、右回旋五〇度、左回旋八〇度、右側屈三〇度、左側屈四〇度となつている。

(五)  原告は、平成七年三月二九日には東京大学医学部付属病院を受診し、頸部痛、可動域制限、右肩関節周囲炎の診断を受け、頸椎可動域制限として屈曲五〇度、伸展〇度、右側屈一〇度、左側屈三〇度、伸展、側屈は運動痛を伴うとされ、右肩関節可動域は、前挙一一〇度、後挙三〇度、外転七五度ですべての運動に運動痛を訴えるとある(甲一五)。

(六)  原告は、その後も運動障害の検査等のため、東京労災病院(三回)、町田整形外科(一回)にそれぞれ通院した。なお、東京労災病院の平成七年七月一八日付け診断書(甲二九)における傷病名は、変形性頸椎症、両側肩関節周囲炎となつている。

3  右の事実をもとにすれば、原告の傷害については、次のとおり考えることができる。

原告には、本件事故前から身体的素因として、第五・第六、第六・第七頸椎間の狭窄、骨棘形成、後縦靱帯骨化が生じ、頸椎第六、第七に頂靱帯石灰化症(バルソニー)があり、レントゲン上年齢的変化が認められるほか、頸部痛、肩関節周囲炎、左上腕骨外側上顆炎を訴えており、これらが本件事故において少なからず影響していることは否定できないというべきである。

この点について、原告は、本件事故前にはタクシーの運転手として、正常業務に就いていたから、それまでの事故による傷害の影響はなかつたと主張するが、原告は、前認定のとおり、本件事故前から頸部痛等を訴え、自発的に東京労災病院、黒田病院の治療を受けているうえ、勤務先から本件事故前三か月間にわたり、連続して一日当たりの収入がボーダーラインを下回つている旨の通知を受けており、これらは、原告の体調が完全に回復していないことを窺わせるものというべきであり、原告の主張は採用できない。

そこで、さらに原告の主張する傷害の内容について検討する。

(一) 頸部捻挫について

乙三〇によれば、原告は、本件事故により頸部捻挫の傷害を負つたことが認められるが、黒田病院における原告の症状は、自覚症状のみであり、顕著な神経学的異常は認められず、本件事故の前後を通じて原告の治療に当たつた黒田病院の森須医師が、レントゲン検査、頸椎MRI検査の結果をみたうえ、本件事故による影響の有無を考慮し、平成五年一一月九日をもつて症状固定と診断していることからすると(乙七)、原告の頸椎捻挫の症状固定時期は、右同日とみるのが相当である。

これに対し、原告は、右の時点でまだ症状固定はなされていないと主張し、これに沿う内容の町田整形外科の診断書(乙一一、一三、一八)等も存在するが、町田整形外科の診断は、本件事故の二か月以上経過後初めて診察を行つた内容を基礎とした判断であるうえ、原告の訴える傷害が本件事故以前のものと同様の部位症状であり、町田医師が自ら第三事故の後遺障害診断書を作成し、その内容を認識していながら、既存障害との関連について何らの記載もなされておらず、単に保存的治療を行つただけであり、また、他覚症状としては第三事故の際と同じく、スパーリングジヤクソンテストを主要な根拠としているだけであるから、その診断内容をたやすく措信することはできず、これを採用することはできないというべきである。

(二) 外傷性変形性肩関節症(左)について

原告の主張する外傷性変形性肩関節症(左)は、実質的に左肩関節周囲炎と同一のものと解されるところ、原告は、平成二年の第三事故当時から肩関節周囲炎を訴え、その後も本件事故発生前から東京労災病院及び黒田病院において肩関節周囲炎を訴えていたものであり、原告が本件事故後、左肩痛を訴えたのは事故後二〇日を経た平成五年九月二四日になつてからであり、外傷性の症状の訴えとして不自然であるうえ(本件事故における原告の受傷部位とも十分符合しない。)、黒田病院の森須医師の意見(乙七)によつても、本件事故との関連性は否定されており、他に本件事故により右症状が発症したとみるに足りる証拠はない(なお、平成六年九月七日付けの甲二八と平成二年九月二一日付け後遺障害診断書の記載内容には治癒と症状固定との診断内容に齟齬がみられ、それらの関係について何らの説明もないまま、四年後に作成された甲二八の記載をそのまま信用することはできないというべきである。)。

(三) 左肘捻挫について

本件事故について、左肘捻挫を傷病名とする診断書は乙一六しかなく、原告は実質的に左上腕骨外側上顆炎を主張するものと解されるが、原告は肩関節周囲炎と同様、平成二年の第三事故当時から痛みを訴え、東京労災病院及び黒田病院に通院し、リハビリを続けていたところ、本件事故後、原告が再度痛みを訴えたのは、平成五年九月二五日になつてからであり、それが本件事故に起因するものと解することには無理があり、他に、本件事故により右症状が発症したとみるに足りる証拠はない。

(四) そうすると、本件事故による原告の傷害は、頸椎捻挫だけであると解されるが、原告の身体的素因の存在及び現在の症状を考慮すると、後遺障害別等級一二級のみならず、一四級一〇号にも該当しないものと考える。

三  原告の損害について

前記二認定のとおり、原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を負い、次の損害を被つた。

1  治療費 二二万一六八〇円

乙八ないし一〇、三四によれば、原告は、本件事故により黒田病院に平成五年九月九日から同年一一月九日まで通院し(実日数二一日)、治療費一四万四五二〇円とさくら調剤薬局の薬品代七万七一六〇円(合計二一万〇三五〇円)を支出した(その他の治療費は、本件事故と相当因果関係が認められない。)。

2  通院交通費 認められない。

原告が本件において請求する交通費は、東京労災病院及び東京大学医学部付属病院の分であるから、本件では認められないというべきである。

3  休業損害 五五万八一七四円

甲一三の1、乙二六、原告本人、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により平成五年九月二二日から症状固定日の同年一一月九日までの四九日間休業したものであり、原告の本件事故前年の収入は四一五万七八三三円であつたから、その間の休業損害は、次のとおり五五万八一七四円となる。

4,157,833円÷365日×49日=558,174円(一円未満切捨て)

4  逸失利益 認められない。

前認定事実によれば、原告には、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表に該当する後遺障害は認められないから、これを前提とする逸失利益は認められない。

5  慰謝料 五〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の部位程度、通院期間、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、本件事故による原告の慰謝料は、傷害慰謝料として五〇万〇〇〇〇円と認めるのが相当である。

6  右合計額 一二七万九八五四円

四  損害の填補

甲二二によれば、原告は労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付として八三万九八六二円の支給を受けており(前記三3の五五万八一七四円から控除する。)、また、乙八ないし一〇、二七、三二の1、2、三四ないし三八によれば、原告が自賠責保険から九一万三四七三円の填補を受けたことが認められるから、これを原告の前記三の損害額(休業損害を除く1、5の金額)から控除すると、被告が負担すべき賠償額はないことになる。

第四結語

以上によれば、原告の請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

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